2007年11月15日木曜日

高岡和子の詩 

※ 僕はいつのころから詩のようなものを書き始めたのだろうか。 僕は子供のころから本を読むことは好きだったが、詩集を読んだりすることはなかった。 むろん、自分で詩を書いたこともなかった。 20代のはじめに、東京に住んでいた頃に、本屋で一冊の本を手にした。 大和書房出版の「さようなら17才」高岡和子著という詩集である。 その時、彼女の書かれた詩を読んで、衝撃をくらったようになった。 彼女は、日記や詩を書いたノートを浜辺に残して、そのまま海に入り自殺した。 ノートは浜辺に三日間、発見されるまで波に打ち寄せられていたようである。 今までに書いてきた詩と、浜辺にあったノートの海水で、にじんだ字を何とか、拾い集め、「遺書としてのノート」として加えたものを出版したのがこの本である。 もちろん、この本が世に出たときは彼女はこの世にいない。 はじめは彼女を知る周囲の人が、残っている彼女の詩を集めて「雨の音」と言う簡素な、自費出版の詩集を出したのが大和出版社の目にとまったようである。       雨の音       ポトンとおちた瞬間に       心もいっしょにふるえるような       雨の音       孤独を音にしたら       こんなふうになるだろう 僕はこの本を読んでから、ポツリポツリと詩のようなものをノートに書くようになった。 彼女のように、自分の心を遺して死んでゆきたいと、思った。       さみしい時は       何を考えよう       悲しいときは       どうしてすごそう       一人で       一人で       うたをうたおう           高岡和子 今でも、僕は、詩のようなものを書くにあたって、今でも彼女の詩風から呪縛されているかのように抜け出せないでいる。